遺体の埋葬すら拒否され、道端に放置されていたお吉の亡骸を哀れに思い、寺の境内に葬った人物がいました。下田の宝福寺第十五世住職・竹岡鑑運和尚です。「死ねば仏に差別はない」と、世間の批判を恐れずに手を差し伸べたこの英断により、お吉はようやく安らかな眠りを得ることができました。
現在の宝福寺境内には「唐人お吉の墓」とともに、彼女の波乱に満ちた生涯を伝える伊豆下田 お吉記念館が併設されています。記念館に足を踏み入れると、写真技術が導入され始めた幕末から明治期にかけて撮影された、お吉本人の肖像写真や、愛用していた鏡台、自筆の書簡などが展示されており、伝説のヴェールを剥ぎ取った生身の女性の息遣いが伝わってきます。
展示資料を丹念に追うと、彼女が決して自暴自棄なだけの女性ではなく、芸事に秀で、教養高く、懸命に誇りを持って生き抜こうとしていた姿勢が浮き彫りになります。開国という巨大な歴史のうねりの中で、名もなき個人がいかに国家の都合によって翻弄され、踏みにじられていったのか。宝福寺の静けさは、華やかな維新史の裏側にある重い代償を現代の私たちに静かに問いかけています。