野田聖子氏の私生活は、常に政治活動と表裏一体のドラマを抱えていました。かつて彼女は、自民党の同僚議員であった鶴保庸介参議院議員と2001年から事実婚関係にありました。選択的夫婦別姓の法制化をライフワークとする野田氏の政治的信条から法的な入籍はせず、事実上の夫婦として不妊治療にも励んでいましたが、価値観の相違やすれ違いが重なり、2006年に事実婚を解消しています。
失意の底にあった野田氏が出会ったのが、当時京都で飲食店を経営していた文信氏でした。2007年頃、野田氏が知人に連れられて訪れた京都のもつ鍋・韓国料理店「のら」のオーナーを務めていたのが彼でした。
野田氏は自著や特番インタビューの中で、当時の文信氏について「気配りが細やかで、料理の腕前も一流。弱っていた私の心を温かく包み込んでくれた」と振り返っています。政治家としての重圧に押しつぶされそうになっていた野田氏にとって、永田町の権力闘争とは無縁の世界で生きる彼の包容力は、唯一無二の安らぎでした。野田氏からの積極的なアプローチにより交際がスタートし、約3年の交際期間を経て2011年1月に正式に入籍を発表しました。
しかし、この婚姻は当初から永田町内外で大きな懸念を呼びました。自民党内の重鎮たちからは「経歴に不透明な点が多い」と身辺調査を促す声も上がっていましたが、野田氏は自らの信念を貫き、彼を生涯の伴侶として選んだのです。