過酷を極めた闘病の現場で、優作の精神的支柱となり、その生と死を最も近くで支え続けたのが妻の松田美由紀でした。1979年の『探偵物語』での共演を機に出会い、後に結婚した二人の間には、幼い子どもたちがいました。優作が旅立った1989年当時、長男の松田龍平はわずか6歳、次男の松田翔太は4歳、そして長女のゆう姫(Yuki)は生後数か月の乳児でした。
病室で刻一刻と近づく別れの時の中、美由紀は子どもたちを病室に連れていき、父親の姿を目に焼き付けさせたと自著やインタビューで回想しています。意識が遠のく中、優作が振り絞るようにして口にした最後の言葉については、複数の証言が残されています。ベッドサイドで必死に呼びかける美由紀に対して、感謝と深い慈しみを込めて「美由紀、愛してるよ」と伝えたという証言や、混濁する意識の中でなお「俺はまだ死ねない、もっと芝居がしたい」と表現への執着を口にしていたという記録が存在します。
父の記憶がおぼろげな年齢で父を亡くした息子である松田龍平と松田翔太は、長じて同じ俳優の道へと進みました。長男の龍平は映画『御法度』で鮮烈なデビューを飾り、独特のアンニュイな気品と深みのある演技で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を獲得。次男の翔太もまた、鋭利な存在感とスタイリッシュな佇まいで数々のドラマや映画を牽引しています。優作が命を燃やして守り抜いた「役者としての美学」は、言葉による直接的な指導ではなく、母・美由紀が伝え続けた父の背中を通じて、確かに二人の表現の中に息づいています。