中之島ガーデンブリッジの歴史は、1990年に開催された「国際花と緑の博覧会(EXPO'90)」に直結しています。当時の大阪市は「花と緑、水辺の再生」を掲げ、堂島川沿いの歩行者ネットワーク強化とシンボル空間の創出を推進しました。その中核プロジェクトとして誕生したのが本橋です。
都市工学の視点から見ると、堂島川を挟むビジネス街(堂島・梅田方面)と文化行政拠点(中之島)を、単なる「移動の通路」ではなく「滞在できるオープンスペース」として結ぶ画期的な試みでした。大江橋や渡辺橋といった歴史ある重厚な石造り・鋼構造の道路橋の間に、人間中心のガーデンブリッジを配置した都市設計の妙は、現在も高い評価を受けています。