本作を語る上で絶対に避けて通れないのが、日本文学史上屈指の衝撃的ラストシーンだ。
芳子が去った後、誰もいなくなった二階の部屋に時雄は佇む。押し入れを開け、彼女が使っていた油染みの残る夜着(蒲団)を取り出す。そこに残された油と女の匂いを嗅ぎ、蒲団に顔をうずめて激しく涙を流すのだ。
この行動は変態的だと切り捨てるのは易しい。しかし、ここには理想の思想家を気取りながら、本能の欲望に負けた男の哀切な敗北感が凝縮されている。泣いたのは芳子を失った悲しみだけではない。自分がただのみっともない中年男に過ぎなかったという事実をつきつけられた瞬間なのだ。