有吉弘行が再ブレイクを果たした最大の起爆剤は、2007年頃から始まった「毒舌あだ名命名」でした。品川祐(品川庄司)に「おしゃべりクソ野郎」と命名したことで爆発的な脚光を浴びましたが、この鋭すぎる切れ味は数々のトラブルや確執の火種にもなりました。
かつては大御所司会者のみのもんたに「油トカゲ」、和田アキ子に「リズム&暴力」など、芸能界の重鎮たちにも忖度なしのあだ名を浴びせました。多くの大御所はバラエティとしてのプロレスを受け入れ面白がったものの、中には現場の空気が一瞬で凍りついた瞬間も少なくありませんでした。
ある大御所歌手に命名した際には、収録後に周囲のスタッフが血相を変えて謝罪に走ったという逸話や、事務所幹部から厳重注意を受けた過去も存在します。しかし、有吉自身は決して逃げることなく、相手の目を見て言い放つ覚悟を持っていたからこそ、一過性のブームで終わらず不動のMCへと上り詰めることができたと言えます。