かつての円満家庭が一変し、国際的な法廷闘争へと発展した福原愛さんの子供の連れ去り経緯は、極めて緊迫したものでした。
発端は2021年7月の離婚成立でした。当時、双方は「共同親権」を持つことで合意し、子供たちは台湾の江宏傑氏のもとで生活を継続していました。しかし2022年7月、福原愛さんが台湾を訪れ、夏休みの面会交流の名目で長男のみを連れて日本へ帰国。その後、江宏傑氏側との連絡が滞り、約束の期日を過ぎても長男が台湾へ戻されなかったことから、事態は一気に刑事告発を含む法廷闘争へと泥沼化しました。
2023年7月には江宏傑氏が来日し、日本外国特派員協会(FCCJ)で涙の緊急記者会見を実施。日本の家庭裁判所が下した「長男を即時引き渡す保全命令」に従うよう福原愛さん側に訴え出ました。一方の福原愛さん側も声明を発表して徹底抗戦の構えを見せ、日台の世論は真っ二つに割れる異常事態となりました。
この膠着状態に終止符が打たれたのが2024年3月15日の歴史的和解です。福原愛さん本人が登壇した会見で、「江宏傑さんと和解いたしました。これからは協力して子どもを育ててまいります」と短い声明を読み上げ、双方の代理人弁護士が合意内容を公表しました。
これにより長男は台湾へ帰還し、福原愛さんの子供の現在は2人とも台湾で生活しています。親権の形式は法的に江宏傑氏側が主な監護権(監護者)を保持しつつ、共同親権の理念に基づいて福原愛さんにも適切な面会交流権が保障される着地点を見出しました。