多くの読者が抱く「一度宮田が階級変更して世界を獲り、後から一歩が階級を上げて追いかけてくればいいのではないか」という疑問。これは非常に合理的な意見に見えますが、作中の構造およびプロボクシングの興行的な文脈を紐解くと、一般に知られていない重大な盲点が存在します。
第一の理由は、幕之内一歩の身体的スペックです。一歩は身長164cm、リーチ165cmと、フェザー級(57.15kg)の中でも極めて小柄な部類に入ります。通常体重自体がフェザー級リミットとほとんど変わらず、試合前でも減量の必要がない「ナチュラルなフェザー級」です。その一歩がジュニアライト級(58.97kg)やライト級に階級を上げた場合、リーチ差15cm以上、当日体重で7〜8kg重い大柄な選手たちと戦うことになり、インファイターとしては致命的な体格差を背負うことになります。
第二の理由は、宮田自身が「ベストな状態の一歩と戦いたい」と願っている点です。自分が楽をするために上の階級へ一歩を呼び寄せることは、誇り高い宮田の美学が許しません。だからこそ、自らの肉体を削り取ってでも57.15kgの枠内に留まり続けているのです。
また、「宮田の減量苦は限界だからもう勝てない」というネットの誤解についても補足が必要です。確かに減量によるスタミナロスは深刻ですが、近年の描写では、経験値の蓄積によって省エネで戦う技術や、最小限のステップで相手の芯を捉えるカウンターの精度がさらに向上しています。肉体的なマイナスを技術と精神力で強引にねじ伏せているのが、現在の宮田一郎の実像です。