スエズ運河が常に大国の利害衝突や安全保障の渦中に置かれてきた背景には、開削以来の歴史的な宿命があります。フランスの外交官フェルディナン・ド・レセップスの主導により、10年の歳月と莫大な労働力を投じて1869年に開通したこの運河は、アジアと欧州の距離を一気に縮める産業革命期の金字塔でした。
その後、イギリスによる運河会社の買収と実質的な軍事支配を経て、1956年にはエジプトのナセル大統領が運河の国有化を宣言。これを発端として英仏・イスラエルとエジプトが衝突した「第二次中東戦争(スエズ危機)」が勃発し、運河は一時的に閉鎖されました。さらに1967年の第三次中東戦争では前線となり、1975年までの8年間にわたって完全封鎖された歴史を持ちます。
アフリカ大陸を迂回せずユーラシアを東西に結ぶという地理的利便性は、平時においては計り知れない経済価値を生む一方、中東地域の紛争や覇権争いが起きるたびに真っ先に機能停止へ追い込まれる構造的リスクを常に内包しています。