この街がなぜ「寺町」と呼ばれるのか、そのルーツは安土桃山時代に遡ります。寺町通の歴史と由来を語る上で欠かせないのが、天正18年(1590年)頃に豊臣秀吉が断行した京都の大規模な都市改造(天正の地割)です。
秀吉は、市中に散在していた仏教寺院を洛中の東端にあたる鴨川西岸沿いに一斉移転させました。この施策には、鴨川の氾濫に対する堤防機能としての役割、防衛上の防波堤、そして寺社勢力を一箇所に集約して統制下に置くという明確な政治的意図が存在していました。本能寺をはじめとする著名な寺院が現在この地に鎮座しているのは、この歴史的再編の結果です。
江戸時代に入ると、寺院の門前町として線香や数珠、仏具、経本を扱う店舗が集まり、やがて版元(出版社)や古書店、文具店が密集する「知と文化の発信地」へと発展しました。明治維新後は近代化の波に乗り、映画館やカフェー、西洋小間物店がいち早く誕生。宗教的空間から商業・文化の中心地へとダイナミックに変容を遂げながらも、根底にある「専門性の高い職人街・文化街」としてのDNAが、令和の現在まで受け継がれています。