富沢遺跡が発見された経緯は、1980年代に仙台市南部で進められていた「長町南土地区画整理事業」に伴う事前発掘調査に端を発します。当初は弥生時代や平安時代の水田跡・集落跡を調査していましたが、地下深くに眠るさらに古い地層へと掘り進めた1988年(昭和63年)、調査団は息をのむ光景に直面しました。
地下約5メートルの地層から現れたのは、立ったまま、あるいは倒れたまま埋没したトミザワトウヒ(針葉樹)の大森林跡でした。さらに樹木の根元近くからは、旧石器人が石器を打ち割った際の剥片(石くず)と、炭化材が密集した明瞭な「たき火跡」が発見されたのです。
人類が木を燃やし、石器を作って一時的な野営を行ったその足元に、シカの糞や倒木の幹がそのまま横たわっている状態は、考古学界において「ポンペイのような時間の完全停止」と称賛されました。石器単体ではなく、「2万年前の気候・植生・野生動物・人類の活動」がひとつの空間に立体的に保存されていた点が、富沢遺跡を世界的な学術遺産たらしめている決定的な理由です。