歯科医院で行われる局所麻酔は、どれも一律同じ薬を同じ方法で打っているわけではありません。治療する部位、歯根の深さ、外科的侵襲の大きさによって術式が明確に使い分けられており、それこそが麻酔の持続時間に直結しています。
日常臨床で最も頻繁に用いられるのが「浸潤麻酔(しんじゅんますい)」です。これは治療対象となる歯の周囲の歯肉に針を刺し、骨の中に麻酔薬を染み込ませて末梢神経の感覚を遮断する手法です。上顎の骨は比較的薄く多孔質であるため麻酔が効きやすく、通常は1〜3時間程度で完全に消失します。一方、下顎の奥歯周辺は骨が緻密で厚いため、薬液が骨内に浸透しにくく、多めの麻酔薬を要したり、後述する伝達麻酔を併用したりすることが一般的です。
下顎の親知らず抜歯や広範囲に及ぶインプラント手術などで選ばれるのが「伝達麻酔(でんたつますい)」です。下顎の奥深くを走行する下歯槽神経の根元付近に直接アプローチし、神経の伝達経路そのものをブロックします。これにより、対象の歯だけでなく、同側の下唇、口角、舌の前方3分の2までが広範囲に麻痺します。効果が非常に深い反面、持続時間は4〜6時間、長い人では7〜8時間近く続くことも珍しくありません。
このように、浸潤麻酔と伝達麻酔の違いを理解しておくだけで、「前回の虫歯治療は2時間で治ったのに、今回の親知らず抜歯後の麻酔持続時間はなぜこんなに長いのか」という疑問の大部分は氷解します。自分が受けた処置がどちらの麻酔であったかを把握することが、不安を解消する第一歩となります。