阿部慎之助監督の原点を語る上で欠かせないのが、千葉県浦安市にある実家と、父親である阿部東司(とうじ)さんの存在です。
父・東司さんは、千葉の名門・習志野高校野球部出身。伝説のスラッガー・掛布雅之氏の1学年先輩にあたり、掛布氏自身が「高校時代、東司さんの打撃フォームをお手本にしていた」と公言するほどの強打の捕手でした。社会人野球の電電東京(現NTT東日本)でも活躍した、筋金入りの野球人です。
浦安の実家には手作りの練習スペースが設けられ、幼少期の慎之助少年は父からマンツーマンで打撃の基礎と捕手論を叩き込まれました。「球を強く引っ張るのではなく、逆方向へ強い打球を打て」「捕手は投手を孤独にさせてはならない」といった東司さんの教えは、阿部監督の現役生活を支える骨格となりました。
阿部監督がジャイアンツで主将を務め、2000本安打や400本塁打を達成した際も、東司さんは地元・浦安から静かにエールを送り続けました。現在、実家周辺では地域の誇りとして阿部家が親しまれており、監督就任時も浦安市内には多くの祝福メッセージが掲げられました。