千々石町を語る上で欠かせないのが、安土桃山時代にローマへ派遣された天正遣欧使節の正使・千々石ミゲルの存在です。彼は千々石領主・千々石直員の長男(大村純忠の甥)としてこの地に生を受けました。
長年、ミゲルは使節団の中で唯一キリスト教を棄教し、最後は不遇のまま生涯を終えた人物とされてきました。しかし、近年の墓所調査や関連古文書の再分析によって、「棄教は幕府の追手を逃れるための偽装であり、生涯信仰を守り続けたのではないか」という新説が浮上し、歴史ファンの間で大きな議論を呼んでいます。
町内に残る生誕の碑や菩提寺跡などの史跡を巡ると、戦国末期の激動の時代を駆け抜けた若きエリートの苦悩と決断が肌感覚で伝わってきます。