テレサ・テンの晩年を語る上で欠かせないのが、約5年間にわたり公私を共にした14歳年下のフランス人カメラマン、ステファン・ピエール氏(Stéphane Puel)の存在です。チェンマイ滞在中も同行していましたが、発作が発生した午後、彼は日用品の買い出しのためにホテルを一時的に離れていました。
この不在が結果として初動対応の遅れにつながったとして、一部メディアや親族からの厳しい視線に晒されることとなりました。告別式当日、ステファン氏は大きなサングラスをかけ、静かに涙を流しながら式場の片隅に佇んでいました。その痛ましい姿は、深い喪失感を物語っていました。
一方、彼女が遺したとされる数十億円規模の巨額遺産(香港、台湾、フランスなどの不動産、楽曲の著作権・原盤権)については、法定相続人である母と兄弟たちに円滑に引き継がれました。遺族は彼女の志を後世に伝えるため「鄧麗君文教基金会」を設立。遺産の一部を基金の財源に充て、音楽文化の振興や慈善活動へと還元する道を選びました。ステファン氏が遺産争いに介入することは一切なく、彼は静かに台湾を去り、自らの生活へと戻っていきました。