華やかな賑わいの裏側で、この祭りがなぜ千葉県外房の地でこれほどの規模に成長したのか、その起源を知る人は多くありません。平塚(戦後復興)、狭山(織物産業)と並ぶ関東三大七夕祭りの歴史において、茂原の存在感は独特の歩みを持っています。
記録によると、茂原七夕まつりの開催経緯は昭和30年(1955年)に遡ります。当時、茂原市の商業活性化を図るべく、茂原商工会議所と地元商店街振興組合が協力し、「夏の閑散期に商店街へ活気を取り戻そう」と企画したのが始まりでした。日本が高度経済成長へと向かうエネルギーと相まって、各商店が工夫を凝らした竹飾りを競い合う「七夕装飾コンテスト」が定着。昭和50年代には前述の阿波おどりが導入され、「見る祭り」から市民が主体となって「参加する祭り」へと劇的な進化を遂げました。
ここで正しておくべき一般的な誤解は、「駅前商店街の単なる露店市」という認識です。一部のネット情報では、七夕飾りだけを目的に日中の午前中に訪れる旅行者も見られますが、主要イベントや出店は14:00以降に本格始動します。午前中に訪れても準備段階であることが多く、茂原七夕まつりの真価を味わうには、午後から夕暮れ、そして夜のライトアップにかけて滞在するスケジュール設計が必須となります。