映画『誰も知らない』は実話を下敷きにしながらも、是枝裕和監督によって極めて慎重な劇的配慮と倫理的な改変が施されています。最大の相違点は、幼い妹の「死」をめぐる真相と、長男を取り巻く環境です。
映画の結末(ネタバレ)では、アポロチョコを愛した末っ子のゆき(清水萌々子)が椅子から転落して息を引き取り、長男の明(柳楽優弥)と不登校の少女・紗希(韓英恵)が、ゆきの遺体をスーツケースに収めて東京モノレールに乗り、羽田空港の滑走路脇の野原に埋葬します。飛行機の爆音が響くなか、子どもたちだけの静謐で哀切な「お葬式」が執り行われ、残された子どもたちは再び東京の街へと歩き出していくという幕切れでした。
しかし、現実に起きた事件の真相は、映画のような詩的昇華を一切許さないほど残酷なものでした。実話において三女(映画のゆきに相当)が命を落とした直接の原因は、転落事故ではありません。長男の部屋にたむろしていた不良仲間(当時13〜14歳の少年たち)が、三女がカップラーメンを食べたことに腹を立て、執拗な集団暴行を加えたことによる内臓破裂・ショック死でした。
実話における遺体はボストンバッグに詰められ、長男と不良仲間によって秩父の山中に遺棄されました。裁判の結果、母親には保護責任者遺棄致死罪などが適用され懲役3年・執行猶予4年の判決が下り、長男は犯行を制止できなかった責任から傷害致死幇助および死体遺棄で養護施設(教護院)送致となっています。後に母親は保護された長女・次女を引き取り、生活を立て直したと報じられていますが、家族の心に刻まれた爪痕は生涯消えるものではありませんでした。