日本国内において「ホッテントット」という言葉が一般読者の目に触れる契機となったのは、世界文学の古い翻訳や、昭和期を代表する漫画作品の描写です。メディア倫理の観点から、この言葉がどのように扱われてきたのかを検証します。
日本の民間放送連盟(民放連)やNHKなどの報道現場において、ホッテントットは「人種・民族差別を助長する極めて不適切な語」として、放送禁止用語(自粛用語)の最上位に指定されています。生放送やドラマの再放送において発言された場合、音声を消去する処理や、お詫び・訂正のアナウンスが義務付けられる対象です。
一方で、出版業界において大きな議論を呼んだのが、手塚治虫作品をはじめとする昭和の名作漫画における表現問題です。『ブラック・ジャック』『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』などの初期・中期作品では、黒人のキャラクターが分厚い唇と誇張された体型で戯画化して描かれ、台詞の中に「ホッテントット」という単語が登場する場面が複数存在していました。
1980年代末から1990年代初頭にかけて、人権団体や市民グループから差別的描写に対する厳しい是正要求が突きつけられた際、手塚プロダクションおよび各出版社は極めて慎重な議論を重ねました。安易に該当シーンを描き直したり、言葉を消し去ったりする改変は、歴史の隠蔽につながりかねないという危機感があったためです。結果として、手塚治虫文庫全集などの巻末には、現在も以下のような趣旨の明確な「ことわり書き(注釈)」が一貫して掲載されています。
「本書に収録された作品には、現代の読者から見れば人種差別的と受け取られる表現が存在します。しかし、これらの描写は当時の社会情勢や時代背景を反映したものであり、作者に差別を肯定・助長する意図は一切ありませんでした。歴史的事実をありのままに提示し、差別の歴史を風化させないために、あえて原版のまま収録しています。」
現場の編集者や研究者の間では、この対応は表現の自由の確保と差別抑止の責任を両立させた「歴史的資料としての保全モデル」として高く評価されています。言葉を単に消滅させるのではなく、なぜそれが使われてはならないのかという文脈を読者に提示することこそが、メディアに課された社会的責務であるといえます。