2002年秋のドラフト会議。神戸国際大付高から大阪近鉄バファローズに1巡目指名された瞬間が、すべての始まりだった。当時の近鉄といえば「いてまえ打線」に象徴される豪快な気風。百戦錬磨の猛者たちがひしめくベンチの中で、若き日の坂口は技術のみならず、プロとして生き残るための強烈な勝負勘を叩き込まれた。
球団再編という日本プロ野球界の歴史的激震を経験し、近鉄最後の戦士と呼ばれる巡り合わせとなった彼だが、その原点にあるのは常に「バット一本で生き抜く」というシンプルな覚悟だった。どんなボールにも食らいつき、出塁すれば次の塁を果敢に狙う。その姿勢が、のちの偉大なキャリアの土台を築き上げた。