中野学校が生み出した「影の戦士」のなかで、最も世界にその名を知られた存在が小野田寛郎少尉だろう。フィリピンのルバング島に派遣された小野田少尉は、1945年の終戦を知らされぬまま、あるいはそれを敵の謀略と判断し、1974年に任務解除の命令を受けるまで約30年間にわたりジャングルで孤独な情報戦・遊撃戦を展開し続けた。
小野田少尉の超人的な生存術と不屈の意志は、中野学校で叩き込まれた「生きて虜囚の辱を受けず」という戦陣訓の否定——すなわち「どんな屈辱に耐えても生き延びて情報を収集し、戦い続けよ」という凄惨な教育の賜物であった。残置諜者として現地にとどまった卒業生たちの執念は、戦争という極限状態における人間の精神力と、組織教育の恐ろしさを今なお物語っている。