息子2人の成長期を振り返る上で避けて通れないのが、2004年に成立した保阪尚希との離婚経緯です。世界的ギタリストとの不倫密会報道が直接的な引き金と報じられましたが、双方の著書や会見内容を紐解くと、多忙による生活リズムのすれ違いや子育てを巡る価値観の相違が積もり積もった結果であったことが伺えます。協議離婚の際、親権は高岡早紀が持ち、養育監護を担う形となりました。
多感な時期を迎えた息子たち、とりわけ次男の激しい反抗期に直面した際、高岡早紀は大きな決断を下します。それが息子たちのハワイ留学でした。日本国内にいては「有名女優の息子」という偏見や家庭環境の詮索から逃れられない現実を危惧し、豊かな自然と自由な教育環境が整うハワイの全寮制スクールへと送り出したのです。自身のエッセイ『魔性ですか?』やトーク番組でも、当時の心境を「親子共倒れにならないための物理的距離だった」と赤裸々に吐露しています。
気になる高岡早紀の息子の職業や現在についてですが、2人とも芸能界には進むことなく、一般社会人として自立した道を歩んでいます。現地ハワイやアメリカ本土で英語力と国際感覚を身につけた息子たちは、クリエイティブ系ビジネスや海外関連の業務に携わっていると伝えられており、2026年現在では母親の元を離れ、一人の大人の男性として母親と対等なリスペクト関係を築いています。