多くの初見視聴者が戸惑いを覚えるのが、カンボジア奥地の王国へ到達したあとの抽象的かつ儀式的な終盤の展開です。なぜカーツ大佐は抵抗することなく、ウィラードに自らを殺害させたのでしょうか。この結末を読み解く鍵は、原作『闇の奥』に加え、カーツの私室に置かれていた書物――文化人類学者ジェームズ・フレイザーの『金枝篇』と神話学者ジョセフ・キャンベルの理論に隠されています。
『金枝篇』に記述される古代の王殺しの儀式において、共同体の王は自らの肉体や魂が衰えたとき、より強靭な後継者によって命を奪われることで、その神秘的な力を共同体へと引き継がせます。カーツ自身、アメリカ軍の欺瞞に満ちた戦争システムに絶望し、自らが築いた王国もまた制御不能な狂気に呑まれていることを完全に自覚していました。彼は自害するのではなく、自らの苦悩を理解し、魂を正しく引き継ぎ、そして自分を終わらせてくれる「高潔な処刑者」としてウィラードを待ち望んでいたのです。
外で現地先住民族(イフガオ族)が水牛をナタで屠殺する儀式と交差するように、ウィラードは闇の中でカーツを切り裂きます。息絶える間際、カーツが呟く有名な台詞「The horror, the horror(地獄の恐怖、あるいは戦慄)」。この言葉の真意は、彼が目撃したベトナム戦争の残虐性だけを指しているのではありません。高潔な文明人や愛国者を気取る人間が、極限状況下に置かれた瞬間にいとも容易く獣へと先祖返りしてしまう「人間性の根源に潜む底知れぬ闇」に対する絶望の吐露でした。
カーツを殺害したウィラードが王国の外へ出ると、現地の人々は武器を捨て、新たな「王・神」としてウィラードの前にひれ伏します。ここでウィラードはカーツと同じ道を歩む誘惑に直面しますが、彼は手にしたナタを静かに地面へ落とし、司令部から命じられていた爆撃要請の無線連絡も無視して、生き残った部下ランスの手を引いてボートで下流へと去っていきます。ウィラードは狂気の連鎖を受け継ぐことを拒み、欺瞞に満ちた戦争機械に戻ることも拒み、ただ一人の人間として闇から生還することを選択したのです。