シベリア出兵の真相とは?泥沼化の理由と米騒動の裏側を徹底解説

シベリア出兵の真相とは?泥沼化の理由と米騒動の裏側を徹底解説

シベリア出兵の真相とは?泥沼化の理由と米騒動の裏側を徹底解説について押さえておきたい 事実を分かりやすく解説いたします。

シベリア出兵を一言で説明するなら、「1917年にロシアで起きた共産主義革命を潰すため、日本や欧米諸国がロシアへ攻め込んだ軍事作戦」です。歴史の授業で苦手意識を持つ学習者にとっても、出来事の骨格は極めてシンプルです。

当時、世界は第一次世界大戦(1914〜1918年)の激中にありました。日本やイギリス、フランス、ロシア、アメリカを中心とする連合国は、ドイツやオーストリアなどの同盟国と戦っていました。ところが1917年、ロシア革命が勃発し、レーニン率いるボリシェヴィキ(共産党勢力)が世界初の社会主義政権を樹立します。誕生した新政権は「戦争からの即時離脱」を宣言し、単独でドイツと講和条約(ブレスト=リトフスク条約)を結んで戦線から離脱してしまいました。

これにより、連合国側には2つの壊滅的な危機が生じました。1つは、ロシアが抜けたことでドイツ軍が全戦力を西部戦線(フランス方面)へ集中できるようになってしまったこと。もう1つは、王政や資本主義を根本から否定する「共産主義の赤化思想」が世界中に飛び火する恐怖です。そこで連合国は、ロシアの反革命派を支援して革命政権を揺さぶり、再び東部戦線を復活させようと目論みました。

軍事行動の公式なシベリア出兵の期間は1918(大正7)年8月から1922(大正11)年10月までのおよそ4年間に及びます。ただし日本に限っては、後述する悲劇的な衝突を理由に、北樺太(サハリン北部)への軍事占領を1925(大正14)年の日ソ基本条約締結まで引き延ばしました。足かけ7年におよぶ長期介入は、第一次世界大戦の枠組みを大きく越えた独自の泥沼戦争へと変貌していったのです。

渡辺 美咲
著者

渡辺 美咲

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。