現在でこそ巧みなトークで番組を回す伊藤俊介ですが、売れるまでの道のりは極めて険しいものでした。大学卒業後にお笑いの世界へ飛び込んだものの、長らく芽が出ず、生活費を稼ぐために約10年間キャバクラのボーイ長(店長補佐クラス)として夜勤のアルバイトを続けていました。
夜の街で培った観察眼や人間関係の機微を察する能力は、後の漫才における「哀愁と狂気が同居するツッコミ」の大きな土台となっています。しかし当時は、すでに映画やドラマの第一線で活躍し、世間から高い評価を受けていた妹の存在に対し、少なからず引け目や葛藤を抱えていた時期もありました。
そのため俊介は、売れない時期に「伊藤沙莉の兄」という肩書を芸人仲間やメディアの前で自ら使うことを頑なに拒否していました。妹の知名度を利用して売れることを嫌い、自らの漫才の腕一本で結果を出すことにこだわり続けたのです。このストイックな矜持があったからこそ、2021年のM-1グランプリ準優勝をはじめとする自力でのブレイクへと結実しました。