ネット上の一部では「胆嚢癌」などの誤った情報も散見されますが、スポニチ本紙の取材や文芸誌での独白インタビューで明かされた正確な病名は食道がんです。しかも、発見時にはすでにリンパ節などへの転移が見られるステージ4という過酷な現実でした。
当時のインタビュー手記において、山崎努は「今は本人にもずばり告知されるからね。『生存率は10から15%』とまで言われた」と、令和の医療現場における生々しい告知の瞬間を淡々と、しかし強い覚悟を持って振り返っています。80代後半という超高齢での抗がん剤治療や放射線治療は、肉体的に想像を絶する負担を強いられるものでした。
約9カ月にわたる壮絶な治療の末、病状は劇的に回復。関係者によれば、現在は定期検診を欠かさず受けながら、無理のないペースで執筆活動や文化的な関わりを続けています。かつて『生きるよろこび』をテーマにした美術展の音声ガイドを務めた彼が、自らの肉体をもって「生きるよろこび」を体現している姿は、多くの医療従事者や同世代の患者たちに深い勇気を与えています。