京塚昌子(本名同じ)さんは1930年(昭和5年)3月12日、東京・浅草に生まれました。下町の情緒と芸能文化が色濃く残る環境で育ち、劇団若草を経て名門「新国劇」に入団。島田正吾氏や辰巳柳太郎氏といった大名優のもとで厳しい演技指導を受け、舞台女優としての基礎を徹底的に叩き込まれました。
転機が訪れたのは1960年代後半、TBSの敏腕プロデューサーである石井ふく子氏との出会いでした。1968年に放送が開始されたドラマ『肝っ玉かあさん』(脚本:平岩弓枝)で、東京・本郷の蕎麦屋「大正庵」を切り盛りする主人公・大山五三子(いねこ)役に抜擢されます。割烹着を着て厨房に立ち、家族や周囲の人々に愛情を注ぎながら時に厳しく叱責する姿は、高度経済成長期の日本において「理想の母親像」として社会現象を巻き起こしました。
続くドラマ『ありがとう』シリーズでも石井ふく子プロデュース、橋田壽賀子脚本という黄金タッグの中で主要キャストを務め、水前寺清子さんや山岡久乃さんらとともに、TBS木曜8時枠の黄金期を牽引。京塚さんが醸し出す圧倒的な包容力と愛嬌は、単なるテレビの登場人物を超えて、日本国民全体の「心の拠り所」となっていきました。