日本神話において天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天孫降臨の際に授けたとされる「八咫鏡(やたのかがみ)」「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」。これら三種の神器を見てはいけない理由の根本は、古代神道における「神威への畏怖」と「不可視性の原則」にあります。
西欧の王冠や王笏(おうしゃく)が「衆目に晒して権力を誇示するための宝器」であるのに対し、日本の三種の神器は「神そのものが宿る御神体」です。神道において、神の姿を直接肉眼で捉える行為は極めて不敬な冒涜とみなされます。神道考古学や宗教学の視点からも、日本の神仏は「秘すればこそ神(秘仏・秘神)」であり、目に見えない余白にこそ無限の霊力が宿ると考えられてきました。
この禁忌の厳格さは、代替わりの際に行われる国事行為「剣璽等承継の儀(けんじとうしょうけいのぎ)」の現場にも如実に現れています。新天皇が受け継ぐのは、箱に納められ、何重もの錦の御袋(おふくろ)に包まれた状態の草薙剣(形代)と八尺瓊勾玉です。歴代の侍従や宮内庁幹部の証言録によれば、御前へ運ばれる際も厳重に覆いがかけられ、儀式を執り行う天皇陛下ですら箱の紐を解くことは決してありません。
つまり、三種の神器は天皇も見ないという厳格な作法が守られているからこそ、何代を経ても絶対的な聖性が損なわれずに継承されているのです。最高権力者や祭祀の主宰者であっても「見てはならない上位の存在」を認めるこの姿勢こそが、三種の神器が皇室の秘密として不可侵であり続ける本質的な理由といえます。