日本のアトリエで見慣れているヘルメスは胸像の形態をとっていますが、原作品は全身像として遺されています。石膏像ヘルメス由来の原点は、1877年にギリシャ・オリンピアのヘラ神殿跡で行われたドイツ調査団の発掘調査でした。考古学者エルンスト・クルツィウスらの手によって、倒壊した壁の泥の中からほぼ完全な状態で掘り起こされたのが、現在オリンピア考古学博物館の中央展示室に鎮座する大理石像『幼子ディオニュソスを抱くヘルメス』です。
神話においてヘルメスは、主神ゼウスとマイアの間に生まれた俊足の伝令神。本作では、ゼウスの浮気相手セメレから生まれた異母弟である酒神の幼子ディオニュソスを、ゼウスの正妻ヘラの嫉妬から守るため、ニュンペ(ニンフ)たちの元へ秘密裏に送り届ける旅の途中の休息シーンが描かれています。欠損した右腕には元々ブドウの房が握られており、幼子をあやしていたと推定されています。
西洋美術史において長年議論の的となってきたのが、「この大理石像はプラクシテレス本人の真作(オリジナル)か、それともローマ時代の極めて精巧な模刻(コピー)か」という論争です。パウサニアスの『ギリシャ案内記』の記述と一致することから当初は真作と断定されましたが、背面の加工跡やサンダルの形状などを根拠に模刻説を唱える研究者も少なくありません。いずれにせよ、古代ギリシャ後期を代表する傑作である点に揺るぎはなく、その型取りから作られたヘルメス胸像は、19世紀末以降、西洋アカデミズムの精華として世界中の美術学校へと普及していきました。