仏教各派の中で、なぜ浄土真宗だけが「戒名」という表現を頑なに退けるのでしょうか。その理由は、開祖・親鸞聖人が説いた「悪人正機(あくにんしょうき)」の思想に直結しています。
親鸞は、厳しい修行や戒律を守ることができる聖者ではなく、煩悩にまみれて自力では善を為せない凡夫(悪人)こそが阿弥陀如来の救済の対象であると説きました。規律を誓う「受戒(じゅかい)」の儀式が存在しないため、戒名という概念そのものが教義上成立しません。
浄土真宗における法名は、亡くなってから初めて授かる死者の名前ではなく、本来は生きているうちに仏弟子としての自覚を持つために授かる名前です。阿弥陀如来の救いを信じ、お念仏(南無阿弥陀仏)と共に生きていく人生のスタートラインを意味しています。