沖田総司はなぜイケメンとして描かれるのか?史実の顔と虚像の真相

沖田総司はなぜイケメンとして描かれるのか?史実の顔と虚像の真相

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教科書や歴史雑誌、資料館のパンフレットなどで必ずといっていいほど目にする「羽織袴を着て前を見据える沖田総司の肖像画」。多くの人が「これが本人の生前の顔だ」と信じ込んでいますが、これも史実とは異なります。

あの肖像画は、沖田の没後60年以上が経過した昭和4年(1929年)に描かれたものです。当時、新選組研究の先駆者たちが沖田のビジュアルを再現しようと試みた際、沖田本人には子どもがいなかったため、実姉である「ミツ」の孫にあたる沖田要(かなめ)氏をモデルに起用しました。日展作家の本田天来画伯が、要氏の骨格や顔立ちをベースに「総司はおそらくこのような面影であっただろう」と推測して描き上げたのが、あの有名な絵の正体です。

この沖田総司の子孫による肖像画は、あくまで親族の遺伝的特徴を反映させた「推定復元画」に過ぎません。しかし、端正な顔立ちと涼しげな目元で描かれたこの絵画が各種メディアに掲載され続けた結果、「沖田総司=整った顔立ちの青年」という認識が視覚情報として人々の脳裏に刷り込まれることになりました。

山崎 陸
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山崎 陸

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