冠位十二階を学ぶ上で、教科書では詳しく触れられないものの、歴史ファンや受験生が誤解しやすい重要な論点がいくつか存在します。
盲点1:聖徳太子自身や蘇我馬子は何色の冠だったのか?
多くの人が「聖徳太子は大徳の濃紫をかぶっていた」と思いがちですが、これは誤りです。冠位十二階は「天皇から臣下に授ける身分秩序」であるため、皇族(天皇・皇太子)は制度の枠外に位置していました。したがって聖徳太子は十二階のどの冠も受けていません。
また、当時最大の権力者であった大臣(おおおみ)の蘇我馬子も冠位を受け取っていません。蘇我氏は伝統的な氏姓制度の頂点に君臨しており、新設された官位制度の枠に自らを当てはめることを避けたとされています。実質的に冠位十二階は、蘇我氏以外の豪族や渡来系技術者層を統制・抜擢するための装置として機能していました。
盲点2:女性にも冠位は授与されていた
古代の官位制度は男性中心と思われがちですが、日本書紀の記録によると、推古朝から舒明朝にかけて功績のあった女性(推古天皇の側近など)にも冠位が授与された例が確認されています。家柄に縛られない能力主義の精神は、性別の枠組みさえも一部越えて適用されていたことが伺えます。