ネット上の掲示板やSNSでは、時に「ナイツは塙が目立っていて、土屋は地味」「誰が隣にいても成立するのではないか」という安直な論評が見られることがあります。しかし、これこそが土屋の手腕に幻惑された典型的な誤解です。
漫才の構造上、ツッコミが目立ちすぎるとボケの奇妙さや言葉の面白さが減退してしまいます。土屋があえて自らのエゴを消し去り、「透明な黒子」に徹していることこそが計算し尽くされた高等技術なのです。もしも土屋の代わりに、大声で激しく突っ込むタイプの芸人が隣に立った場合、塙の平熱なボケは威力を失い、言い間違いのテンポは完全に崩壊します。
「目立たないように見えること」そのものが、漫才を極限まで洗練させた結果生まれた境地であり、職人としての矜持なのです。自らの存在感を主張するのではなく、コンビとしての作品精度を極限まで高める道を選んだからこそ、20年以上もの間、寄席の看板として君臨し続けています。