物語のクライマックスに置かれた和歌は、技巧的にも心情表現としても極めて高度な完成度を誇ります。この首の解釈を誤ると、物語全体の主題を見誤ることになります。
白玉か何ぞと人の問ひしとき 現代語訳を直訳すると、「(あれは)真珠ですか、それとも何ですか、とあの女(ひと)が尋ねたその時に、『あれは露だよ』と答えて、私も露のように一粒、消え失せてしまえばよかったのに(そうすれば、女を失った今のような生き地獄を味わわずに済んだものを)」となります。
文法上の最重要焦点である消えなましものを 品詞分解をさらに細かく分解すると、「な(完了)」+「まし(反実仮想)」という強烈な後悔の構造が浮かび上がります。「反実仮想」とは、「もし〜だったなら、…だっただろうに(現実はそうではない)」という事実と反する仮定を表す文法です。男はあの時死ぬことができず、今こうして生き長らえてしまったからこそ、女性を奪われた絶望に身を苛まれているのです。
さらに「白玉」は、草の上に置かれた美しい露の比喩であると同時に、純粋無垢に育ち、外の世界を何も知らない深窓の令嬢(二条の后)のあどけなさを象徴しています。その無垢な問いかけに即座に答えられず、ただ逃走に焦っていた自分の愚かさに対する自責の念が、この一首には凝縮されています。