1982年のデビュー以降、中森明菜は時代の寵児として数多くの企業広告に起用されました。その中でも、彼女のキャリアを語る上で欠かせない二大ブランドが明治製菓とパイオニアです。
明治製菓のCMにおいて、彼女は初期の初々しい少女から、自立した芯の強い女性へと変貌を遂げていくドキュメンタリーのような足跡を残しました。チョコレート菓子「ラッキー」のCMでは、セカンドシングル『少女A』のイントロが鳴り響く中、気だるげで挑戦的な視線をカメラに投げかけ、当時の清純派アイドル像に強烈なカウンターパンチを浴びせます。その後も「マイルドチョコレート」や「アーモンドチョコレート」などに出演し、季節ごとの情緒を繊細に演じ分けました。当時の撮影スタッフが後に明かした手記によると、彼女は監督の指示をただ待つのではなく、「この女の子なら、こんなふうにチョコを見つめるはず」と自ら視線の落とし方を提案していたといいます。
そして、広告史に残る金字塔となったのが、パイオニアのミニコンポーネント「private(プライベート)」のシリーズです。1980年代半ば、オーディオが若者のステータスシンボルだった時代、中森明菜は『DESIRE -情熱-』『BLONDE』『AL-MAUJ (アルマージ)』といった大ヒット曲とともにCM画面に登場しました。ボブヘアに斬新な着物をアレンジした衣装や、エキゾチックな異国情緒漂うメイクアップは、すべて彼女自身の徹底したディレクションによるものでした。
重低音を響かせるステレオの前で、クールにたたずむ彼女の姿は「家電の広告」の枠を完全に破壊し、当時の若者たちに強烈な憧憬を植え付けました。ハード機器の持つ先進性と、彼女の先鋭的なボーカル&ファッションが見事に共鳴した、日本のコマーシャル史における最高峰の成功例です。