現役引退後、巨人での監督経験を経て1995年に福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)の監督に就任した王氏を待っていたのは、想像を絶する苦難でした。当時Bクラスの常連だったチームの改革は容易ではなく、1996年には不甲斐ない戦いに激怒したファンから球場外でバスに生卵を投げつけられる屈辱も味わいました。
しかし、王監督は「ファンに喜んでもらうには勝つしかない」と決して選手たちを責めず、自らバットを握って泥だらけになりながら熱心な指導を続けました。小久保裕紀、松中信彦、城島健司、井口資仁ら若手を一本立ちさせ、1999年には球団創設初のリーグ優勝と日本一を達成。九州の地に見事な常勝文化を根付かせたのです。
さらに2006年春、王氏は第1回WBC日本代表(侍ジャパン)の初代監督に就任。イチロー選手らを擁しながらも第2ラウンドで敗退寸前の窮地に追い込まれましたが、王監督の揺るぎない信頼と信念がチームを結束させました。劇的な復活劇で決勝へ進出し、キューバを破って初代世界王者へと上り詰めた瞬間、胴上げで宙を舞った王監督の満面の笑みは、世界中のベースボールファンの胸を打ちました。