二人の関係が世間の耳目を集めたのは、1994年9月のことでした。京都南座に出演中だった中村勘三郎さんが滞在するホテルの一室で、宮沢りえさんが左手首を負傷して救急搬送されるという事態が発生します。折しも宮沢りえさんは国民的人気を誇るトップ女優であり、勘三郎さんは既婚者であったことから、マスコミ各社は「衝動的な自殺未遂劇」「泥沼の不倫関係」とセンセーショナルに書き立てました。
二人の馴れ初めは、共通の知人を介した会食や舞台鑑賞を通じた交流でした。早くからエンターテインメントの第一線で孤軍奮闘していた宮沢りえさんの才能と繊細さを、勘三郎さんは鋭く見抜いていました。報道直後、勘三郎さんは自ら単独記者会見を開き、逃げ隠れすることなく堂々と経緯を説明します。
「手首を切ったのではなく、割れたグラスを拾おうとして深く切ってしまった事故。彼女は男女の仲という以前に、妹であり、守ってやらなければいけない無二の友である」と語った勘三郎さんの表情には、世間のバッシングから傷つきやすい少女を命懸けで守り抜くという強い覚悟が滲んでいました。不倫という俗悪なラベルを貼ろうとする世論に対し、二人の関係はもっと純粋で精神的な結びつきであったことが、時を経て浮き彫りになっていきます。