昭和のいる・こいるの現在と訃報の真相|伝説の話芸と知られざる絆

昭和のいる・こいるの現在と訃報の真相|伝説の話芸と知られざる絆

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昭和のいる・こいるの歩みは、昭和の演芸史そのものです。二人の基本プロフィールと芸歴を紐解くと、まったく異なるルーツを持つ二人が運命的に引き合わされたことが分かります。

項目昭和のいる(ツッコミ)昭和こいる(ボケ)編集部の見解・評価本名・出身地岡田 弘(石川県石川郡吉野谷村)庄田 太一(群馬県伊勢崎市)北陸の大工の家系と上州の商家の息子という対照的な出自。立ち位置・風貌舞台右側。丸眼鏡に真面目そうな佇まい舞台左側。体をくの字に曲げ、派手なアクション静と動のビジュアル対比が初見の観客にも一目で伝わる黄金比。入門・師匠1964(昭和39)年、大看板「獅子てんや・瀬戸のりや」に入門正統派しゃべくり漫才の直系として、基礎を徹底的に叩き込まれた。主な受賞歴1975年 NHK漫才コンクール最優秀賞
1976年 国立演芸場花形演芸賞銀賞
1999年 浅草芸能大賞奨励賞若手登竜門を総なめにした後、円熟期に浅草の顔として公認された実績。芸名の由来「昭和に居る(のいる)」と「昭和を越える(こいる)」の験担ぎ昭和という激動の時代を乗り越え、新時代へ芸を繋ぐ決意の命名。

国士舘大学で教鞭を執る夢を抱きつつ上京したのいる師匠と、実家の家業を手伝いながら芸人を志したこいる師匠。二人は名匠・獅子てんや・瀬戸のりやの門を叩き、厳格な修行時代を共に過ごしました。当時の東京漫才は、浅草の劇場街が活況を呈する一方で、テレビの台頭による過渡期を迎えていました。

若き日の二人は、正統派のスピード感あるしゃべくり漫才を志向し、1975年の「NHK漫才コンクール」で優勝を果たすなど、順風満帆なスタートを切ります。しかし、本当のブレイクと芸の完成は、皮肉にも「型を極めた末の型の破壊」によって訪れることになります。

斉藤 蓮
著者

斉藤 蓮

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。