事態の発端は、2015年に出された一通の通知に遡る。当時の文部科学省大臣であった下村博文氏の名で全国の国立大学に届いた文書には、教員養成系や人文社会科学系の学部・大学院について「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換」を促す強い言葉が並んでいた。これこそが、後に長期にわたる混迷を極める「人文社会科学系学部の改組・廃止問題」の発火点となった。
地方国立大学の現場は一瞬にして混迷を極めた。限られた予算と人員のなかで生存を図るため、文学部や法学部といった歴史ある看板を下ろし、地域課題の解決を打ち出した新学科へとなだれ込むように組織替えを実施。研究室の灯がひとつ、またひとつと消えていくなかで、基礎研究の軽視に対する懸念が急速に広がっていった。