彼の政治生命において、最大のターニングポイントとなったのが2010年の尖閣諸島沖中国漁船衝突事件だ。中国人船長の釈放を巡り、世論は激昂した。弱腰外交との激しい非難が浴びせられ、彼の支持率は急落した。しかし、あの決断の裏にあったのは、日中関係の破局を避けるという極めて冷徹な国益計算だったとされる。
正義感だけでは外交は動かない。ナショナリズムの暴走がもたらす破滅を、彼は本能的に恐れていたのだろう。世論の批判を一身に浴びながらも、泥水をすする決断を下す。その是非は今も議論が分かれるが、ポピュリズムに阿ねる現代の政治家たちとは一線を画す態度であったことは確かだ。