ウェブ上や一般的なイメージとして定着している言説のなかに、「漁師たちが大荒れの太平洋上で勇ましく絶唱していた」というものがありますが、これは後世に作られたロマンチシズムに基づく明確な誤解です。
第1の盲点は、実際の荒波のなかでは大声を張り上げて合唱する余裕など皆無だったという現場の実態です。三陸沖の過酷な漁場で操業中、船頭同士の指示伝達を妨げるような大声での歌唱は命取りになります。実際に歌われていたのは、松島湾内の穏やかな海域を移動する際、あるいは内湾の波静かな航路で長距離を漕ぎ進む時間帯に限られていました。
第2の盲点は、現在私たちが耳にする整った形式の斎太郎節は、漁場から持ち帰られたフレーズを都市部やレコード市場向けに磨き上げた「二次創作的民謡」である点です。後藤桃水らによる再編以前は、各漁村によって歌詞も掛け声のタイミングもバラバラであり、時には卑俗な艶唄(春歌)の要素を含んだものも混在していました。それらを教育的・国民的な民謡として流通させるべく、瑞巌寺や塩釜の美しい情景に焦点を絞って歌詞を整理したものが、今日のスタンダード版となっています。