枚岡神社が元春日と呼ばれる真相|歴史とご利益・現在の魅力を徹底解剖

枚岡神社が元春日と呼ばれる真相|歴史とご利益・現在の魅力を徹底解剖

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枚岡神社が全国の神道関係者や歴史愛好家から格別の敬意を払われる最大の理由、それが「元春日」という尊称に集約されています。奈良市に鎮座する春日大社は、藤原氏の氏神として名高い全国約三千社の春日神社の総本山ですが、その核心をなす神霊の故郷こそが、この枚岡の地でした。

神話の時代、初代・神武天皇が大和へ進軍する東征の道中、生駒山麓の神津嶽(かみつだけに天神を祀ったことが枚岡神社の起源と伝わります。その後、白鳳名宝の時代を経て白雉7年(658年)、平地である現在の社地へ社殿が移されました。主祭神として祀られたのは、中臣氏の祖神である天児屋根命(アメノコヤネノミコト)と、その正妃である比売御神(ヒメミカミ)です。

転機が訪れたのは奈良時代後期の神護景雲2年(768年)のことでした。時の左大臣・藤原永手らは、平城京の守護と藤原一族の繁栄を祈願し、都の東南に位置する春日野の地に壮麗な社殿を造営します。その際、鹿島神宮から武甕槌命、香取神宮から経津主命を招くと同時に、枚岡神社から中臣氏の根本祖神である天児屋根命と比売御神の「御神霊」を分霊し、平城京へ奉遷しました。

これが現在の春日大社本殿における第三殿・第四殿の成立過程です。すなわち、春日四神のうち主軸たる二柱は枚岡神社から送られたものであり、春日の本宮・親宮にあたることから古来「元春日」と称賛されてきました。春日大社が創建された後、宝亀9年(778年)には返礼として武甕槌命と経津主命の分霊が枚岡神社へ迎えられ、現在見られる四所明神の配座が完成したという経緯が存在します。

橋本 菜々子
著者

橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。