神社の起源は建暦2年(1212年)。鎌倉幕府の将軍・源頼家の側近であった近藤三郎重成(のちの玄信)が、頼家非業の死ののちにこの地に隠遁し、八幡大神を祀ったことに始まる。武士の情念と鎮魂の思いが、この森の根底には流れている。
しかし、この丘の記憶は鎌倉時代よりもはるか昔に遡る。境内の一角には、縄文時代中期の竪穴住居跡が復元されている。昭和25年の発掘調査で出土した多数の土器や石器は、5000年以上も前の先住民族がこの高台を選び、水を求め、太陽を拝んで暮らしていた証拠だ。武士の祈り、古代人の生活の痕跡、そして現代の参拝者。幾重にも重なる地層のような時間が、境内に独特の重厚感を与えている。