内田有紀の人生を語る上で欠かせないもうひとつの節目が、実力派俳優・吉岡秀隆との婚姻生活です。2人の馴れ初めは、2002年に放送されたフジテレビ系ドラマの金字塔『北の国から 2002遺言』での共演でした。劇中で恋人同士を演じた2人はロケ地である北海道・富良野の大自然のなかで急速に距離を縮め、同年12月に結婚。倉本聰プロデュースによる富良野神社での厳かな挙式は、当時日本中で大きな祝福を受けました。
結婚と同時に、トップアイドル女優として多忙を極めていた内田有紀は芸能界を電撃引退。「温かい家庭を築く専業主婦」としての生活を選択しました。幼少期に両親の離婚を経験し、家庭への憧れが人一倍強かった内田にとって、仕事を辞めて家庭に入ることには並々ならぬ覚悟があったとされています。
しかし、その結婚生活はわずか3年後の2005年12月にピリオドを打つことになります。離婚に至った主たる要因として、当時の報道や関係者の証言では以下の複合的な背景が指摘されています。
- 地方ロケや役作りによる長期不在:作品に魂を削るタイプの実力派俳優である吉岡は、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』やドラマ『Dr.コトー診療所』の撮影のため長期間家を空けることが常態化していた。
- 専業主婦としての孤立感:華やかな芸能界の第一線から一転して「家で夫を待ち続ける生活」に入ったことで、外界との接点が遮断され、深い孤独感を抱くようになった。
- 理想と現実の乖離:「自分が思い描いていた家庭像」と、多忙な俳優の妻としての現実との間に生じた摩擦を解消しきれなかった。
内田は家を出る際、書き置きを残して家を後にしたとも報じられました。誰かを責めるのではなく、「自分自身の足で再び立たなければならない」という強い自立心が、2006年の芸能界復帰へとつながっていきます。