マクロン大統領の妻ブリジット夫人の真実|24歳差婚の裏側とデマ裁判

マクロン大統領の妻ブリジット夫人の真実|24歳差婚の裏側とデマ裁判

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二人の物語の原点は、フランス北部ピカルディ地方の中心都市アミアンにある名門私立カトリック校「ラ・プロヴィダンス高校」にさかのぼります。当時39歳だったブリジット夫人は、フランス語(国語)とラテン語を教え、放課後の演劇クラブを指導する人気教師でした。そこに現れたのが、知性際立つ15歳の神童、エマニュエル・マクロン少年です。

演劇部の活動を通じて戯曲の共同執筆に取り組むなかで、二人の知的な共鳴は急速に深まりました。後年のドキュメンタリー番組や手記で当時の同級生たちが「エマニュエルは大人びていて、教師たちと対等に対話していた」と証言している通り、二人の結びつきは単なる師弟関係を超越していました。しかし、ブリジット夫人は当時、銀行員の夫アンドレ=ルイ・オジエール氏との間に3人の子供をもうけた家庭の母でした。

息子の将来を案じたマクロンの両親は、彼をパリの超名門アンリ4世高校へと転校させ、物理的な距離を置くことで関係を断ち切ろうと試みます。しかし、パリへと旅立つ17歳のマクロン少年は、彼女へこう言い残しました。

「あなたが何をしようと、私は戻ってきてあなたと結婚します」

周囲の激しい猛反対と地方都市特有の冷ややかな視線に晒されながらも、二人の対話が途切れることはありませんでした。ブリジット夫人は当時の苦悩について、仏誌『パリ・マッチ』の単独告白で「自分自身の子供たちの人生を壊さないよう、長い時間をかけて慎重に向き合おうと抗った」と吐露しています。最終的に彼女は2006年に前夫との離婚を成立させ、出会いから約15年を経た2007年10月、北部の高級リゾート地ル・トゥーケにて正式に結婚。24歳の年の差婚という世間の偏見を乗り越え、法的な夫婦となりました。

佐藤 大輔
著者

佐藤 大輔

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