ABEMA専任アナウンサーの躍進に伴い、保守的なメディア批評家やネット上の一部からは、「アナウンサーのタレント化であり品位を欠く」「グラビアや露出で数字を稼いでいるだけではないか」といった批判が浴びせられることがあります。しかし、この言説は彼女たちの現場での泥臭い努力と、IT企業ならではのプロフェッショナリズムを見落とした短絡的な誤解です。
西澤由夏はかつて特番の席上や手記において、アナウンサー試験に落ち続け、サイバーエージェントの営業職としてテレアポや飛び込み営業に奔走した下積み時代を振り返っています。「アナウンサーの夢を諦めきれず、社内のアナウンススクールに通い、声の出し方を基礎から叩き直した」という告白の通り、彼女の進行技術は天性のものではなく、徹底した反復練習と現場での失敗から構築されたものです。
また、彼女たちはスタジオで華やかに喋るだけの存在ではありません。サイバーエージェントの社員として、番組の企画会議に出席し、プロデューサーとともに構成案を練り、時には進行台本の修正作業まで自ら行います。瀧山あかねがグラビア進出を果たした際も、単なる受け身の出演ではなく、「ABEMAの番組をより広い層に認知させるための戦略的プロデュース」として会社と綿密なすり合わせを行った上での決断でした。
自らの身体とパブリックイメージをリスクに晒しながら、デジタルの海でコンテンツを届ける――。彼女たちが体現しているのは「安易なタレント化」などではなく、泥臭い営業パーソンのDNAを受け継いだ「メディア事業家」としてのプロフェッショナリズムそのものです。