お盆に飾られるきゅうりで作った馬を「精霊馬(しょうりょううま)」、なすで作った牛を「精霊牛(しょうりょううし)」と呼びます。この2つの乗り物を用意する風習には、ご先祖様の魂(精霊)に対する切実なもてなしの心が込められています。
きゅうりを足の速い「馬」に見立てる理由は、「あの世から帰ってくるときは、一刻も早く家族の元へ駆けつけてほしい」という願いからです。背中にご先祖様を乗せ、風を切って戻ってきてもらうための俊足の乗り物としてきゅうりが選ばれました。
一方、なすを歩みの遅い「牛」に見立てる理由は対照的です。お盆が終わり、あの世へ戻っていくご先祖様に対し、「名残惜しいので、少しでもゆっくり景色を楽しみながら帰ってほしい」という慈しみの情が込められています。また、牛は力強く荷物をたくさん運べる動物であるため、「家族が供えたたくさんのお土産を背中に積んで、安全に持ち帰ってほしい」という実利的な願いも託されています。
では、なぜ数ある農産物の中で「なす」と「きゅうり」だったのでしょうか。民俗学的な背景を探ると、主に3つの理由が浮かび上がります。
- 旬の恵みへの感謝(初物供養):旧暦7月(新暦の8月中旬)の農村において、きゅうりとなすは最も生命力豊かに実る代表的な夏野菜でした。その年に収穫された新鮮な初物を仏前に供え、収穫の喜びと感謝を報告する意味合いがありました。
- 形の見立てやすさ:細長くスラリとしたきゅうりはしなやかな馬の胴体に、丸みと重量感のあるなすはどっしりとした牛の体躯に自然と見立てやすかった造形上の理由があります。
- 旅人の喉を潤す水分:夏の長旅を経て現世へ戻ってくるご先祖様にとって、水分の極めて豊富なきゅうりとなすは、喉の渇きを癒やす最高のごちそうでもありました。