多くの視聴者が関心を寄せるのが、番組の黄金期を支えた小宮悦子氏と渡辺真理氏のその後のキャリアと現在の姿です。
小宮悦子氏:テレビ報道のパイオニアとしての矜持と教育活動
1985年の番組開始時、当時まだ27歳だった小宮悦子氏は、久米氏の予測不能なフリートークに鋭いツッコミと的確なフォローで応じ、「ニュースをわかりやすく伝える」という番組コンセプトを体現しました。1991年にはテレビ朝日を退社してフリーランスとなりましたが、局の枠を超えて番組に残留。計12年半にわたってサブキャスターを務め上げました。
番組降板後は、夕方の大型ニュース番組『スーパーJチャンネル』のメインキャスターに就任し、「夕方の顔」としても長期にわたり報道の第一線に君臨しました。近年では、メディアの現場で培った知見を次世代へ伝えるべく、大学での客員教授や講演活動に注力。落ち着いた深みのある声を生かしたドキュメンタリー番組のナレーションや対談企画など、知的で品格のある活動を続けています。
渡辺真理氏:自然体の語り口を守り続けるエッセイスト・司会者
1998年4月、小宮氏の後任として抜擢されたのが、TBSを退社したばかりの渡辺真理氏でした。他局出身のフリーアナウンサーを看板報道番組のサブキャスターに迎える人事は当時として極めて異例であり、大きな話題を呼びました。渡辺氏は持ち前の飾らない柔らかな語り口と誠実な姿勢で久米氏と絶妙なコンビネーションを築き、2004年3月の番組終了までその重責を全うしました。
番組終了後の渡辺氏は、民放やNHKの教養・ドキュメンタリー番組での司会やナレーションを務める一方、文筆家としても高い評価を獲得。書籍の執筆や雑誌連載、さらには動物愛護や地域福祉に関する社会的活動にも積極的に参画しており、メディア露出の量にとらわれない独自のライフスタイルとキャリアを確立しています。