来た見た勝ったの真実!カエサル最強名言の背景とゼラの戦い完全解明

来た見た勝ったの真実!カエサル最強名言の背景とゼラの戦い完全解明

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名言の舞台となったゼラの戦い 経緯を理解するには、当時の地中海世界の混乱を押さえる必要があります。ローマ内戦でカエサルがポンペイウスをファルサロスの戦いで破り、エジプトのアレクサンドリアでクレオパトラ7世を支援して泥沼の市街戦(ナイルの戦い)を戦っていた間隙を縫って、黒海沿岸のファルナケス2世 ポントス王国国王が蜂起しました。ファルナケス2世は、かつてローマを長年苦しめた大王ミトリダテス6世の息子であり、父の遺領を取り戻すべくカッパドキアや小アルメニア、ビテュニアへ侵攻。ローマ軍の留守部隊を虐殺し、領民を捕虜にしていました。

紀元前47年夏、エジプトでの混乱を収拾したカエサルは、休む間もなく軍を北上させ、小アジア(現在のトルコ中北部・ズィレ近郊)へ急行しました。このときカエサルが率いていたのは、アレクサンドリアから連れてきた疲労困憊の古参兵第6軍団、および現地の同盟軍を含むわずか3〜4個軍団(約1万5,000人から2万人弱)でした。対するファルナケス2世の軍勢は2万人超。ファルナケス軍は高台に強固な陣地を築き、急峻な斜面を利用してカエサル軍を待ち構えていました。

カエサル軍が丘陵地の対面に野営地を設営し始めたその瞬間、ファルナケス2世は急斜面を一気に駆け下り、谷を越えてカエサル軍の設営地へと突撃を仕掛けてきました。常識外れの谷越え突撃にローマ軍は一時混乱し、ポントス軍の鎌戦車(車輪に刃物が付いた戦車)による突進を受けました。しかし、カエサルは即座に防衛線を再編。高台の設営地から歴戦のベテラン兵が押し返し、左翼の第6軍団が敵の前線を突き崩すと、形勢は一気に逆転しました。

戦闘開始から決着までにかかった時間は、史料によるとわずか4時間程度。ファルナケス2世は側近とともに辛うじて逃亡したものの、軍勢は壊滅し、小アジアにおける反乱の火種は文字通り瞬時に鎮圧されたのです。まさに古代ローマ史 電撃戦と呼ぶにふさわしい圧巻の速攻劇でした。

山本 拓海
著者

山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。