南里康晴の引退後の職業を巡っては、一時期週刊誌やネット掲示板でセンセーショナルな噂が飛び交いました。競技引退直後の2011年から2012年にかけて、飲食・接客業界やアミューズメント関連企業での勤務がスクープされたことで、一部メディアからは「異色の転身」として好奇の目に晒されることになったのです。
多くの一流スケーターがアイスショーのプロスケーターや専任コーチ、テレビ解説者へと進むなか、南里が選んだ道は決して平坦なものではありませんでした。アスリートとしての実績だけでは生活が保障されない現実と向き合いながら、彼は自活のための実務経験を積み重ねていきました。
その後、騒動が落ち着いた2010年代半ば以降は、一般企業でのビジネスパーソンとしての基盤を確立するとともに、氷上への情熱を完全に失うことなくコーチ活動やスケート教室での臨時指導などを手がけるようになりました。日本スケート連盟の登録指導者として大々的に選手を育成する専任体制ではないものの、地元福岡の後輩スケーターや市民クラブへの助言など、スケート界への恩返しを静かに続けています。