一方、社会的制裁を一身に浴びたファンキー加藤の道のりは険しいものだった。所属事務所であるイドエンターテインメントは事態の収拾と関係各所への謝罪に奔走。看板アーティストの不貞行為は、グループ時代のクリーンなイメージを完全に覆してしまったからだ。
加藤は逃げなかった。罵声を浴びることを覚悟で全国各地のライブハウスやイベント会場に立ち、愚直に歌を届け続けた。認知した子どもへの養育費の支払いや誠意ある対応を続けながら、泥臭くステージに立ち続けた数年間。その汗と反省の日々が、少しずつファンの心を溶かしていく。
そして年月を経て、モン吉との再結成を果たし「FUNKY MONKEY BΛBY'S」として再始動。かつての栄光に甘えることなく、地に足をつけて歌と向き合う彼の姿に、業界内からも再評価の声が集まるようになった。